計画を立てて始めたけれどうまくいかない。予定通り進まなくて焦ってしまう。そういう悩みを抱えている人はたくさんいると思います。
「日本資本主義の父」と呼ばれた渋沢栄一もそういった悩みを抱えていた人間の一人です。では渋沢栄一はどうやって乗り切ったのか。それは月並みですが忍耐することです。うまくいかないからといってやめてしまわないこと。
やるべきことを淡々とやっていれば、うまくいかないこともうまくいきます。計画を立てたときに、忍耐と継続が必要になると覚えておきたいです。
本書は渋沢栄一の言葉から人生に役立つ考え方や仕事に生きる知恵を学ぶことができます。その中から心に響いた三つを紹介したいと思います。
書籍
渋沢栄一
渋沢栄一は、江戸時代後期の1840年に生まれ、昭和時代初期の1931年に91歳で亡くなった実業家です。「日本資本主義の父」「実業界の父」「金融の父」と呼ばれる渋沢栄一は、生涯に約480もの企業の設立・運営に携わりました。また、企業経営だけでなく、約600の社会事業にも携わり、幅広い分野で活躍しました。
「良き習慣」は早くから身につけろ
渋沢栄一は、早い時期から「良き習慣」を身につけようと意識して行動していました。特に大切にしたのが勤勉と努力の習慣であり、普段から勉強家であろうと努めています。(中略)「一日怠けてしまえば最後まで怠けてしまうもの、怠けていて好結果が生まれることなど決してない」と日々の習慣を崩すことはありませんでした。
渋沢栄一が日々の習慣を大切にしていたことがわかるエピソードです。常に勤勉で努力をしていたからあれほどの偉業を成し遂げることができ、歴史に名を刻むことができた。習慣がいかに大事かがわかります。
努力する習慣が大事だというのは約2600年前にお釈迦様が説かれた教えの中にもあります。仏教では精進がよい運命になる行いだと教えられています。精進とは現代の言葉で表せば努力することです。反対に懈怠をすると悪い運命になると教えられます。懈怠とは現代の言葉でいえば怠けることです。
「学び」次第で賢者にも愚者にもなる
「特別な才能とか、生れついての能力があるという理論は誤っている」とは、心理学者アルフレッド・アドラーの言葉です。生れつきの才能ですべてが決まるというわけではないのです。では、いったい、人はどこで差がついてくるのでしょうか? 渋沢栄一は、生れて間もない頃は同じようなものだが、その後の学問への取り組みによって、年とともに差が生まれ、ある者は賢者となり、ある者は愚者になってしまうと考察していました。
世の中で成功している人を見ると、あの人は生まれつき才能があった人だから成功したんだろうと思ってしまいがちです。しかし生まれで決まるのではく、その後にどれだけ学びを得たのかかが重要だという。
自分が成功しなかったのは才能がなかったからというのは言い訳であって、ただ努力が足りなかったということです。自分自身でそれを認めるのは悔しいですが、それが事実だと思いました。
忍耐せよ、「チャンス」はやがて来る
計画を実行に移して、すぐに理想通りの成果が上がればこれほど嬉しいことはないのですが、現実には何度も試行錯誤を繰り返して、ようやくうまくいくというケースがほとんどです。(中略)人が世の中を渡っていくためには、目標に向かって邁進することも不可欠ですが、時に「成り行きを広く眺めつつ、気長にチャンスが来るのを待つ」ことも必要なのです。目的通りに事が運ばないからと焦るのではなく、勇を鼓して忍耐してこそうまくいくこともあるのです。
計画を立ててもうまくいかなくて焦る気持ちはよくあります。自分自身を振り返ってみてもこんなはずじゃなかったということはたくさんあります。
目的通りに事が運ばないときに、忍耐して、続けていればいつかチャンスが来る。途中でやめないことが大事だと思いました。
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